最高裁判所第三小法廷 平成7年(行ツ)204号 判決 1999年3月09日
上告人
ナカジマ鋼管株式会社
右代表者代表取締役
中島栄子
右訴訟代理人弁護士
坂井尚美
坂井慶
被上告人
株式会社セイケイ
右代表者代表取締役
松浦正芳
右訴訟代理人弁護士
荒木秀一
勝田裕子
同弁理士
布施田勝正
鈴江武彦
主文
原判決を破棄する。
特許庁が昭和六一年審判第一一二二二号事件について平成三年七月二五日にした審決を取り消す。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人坂井尚美、同坂井慶の上告理由第二について
一 原審の適法に確定した事実関係及び本件訴訟の経緯の概要は、次のとおりである。
1 上告人は、名称を「大径角形鋼管の製造方法」とする特許第一二九三一二八号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。被上告人は、昭和六一年五月二六日、特許庁に対し、本件発明に係る特許(以下「本件特許」という。)を無効にすることについて審判を請求し、昭和六一年審判第一一二二二号事件として審理された結果、平成三年七月二五日、本件特許を無効にすべき旨の審決(以下「本件無効審決」という。)がされた。上告人は、同年九月二四日、本件無効審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。上告人は、同年一二月一七日、本件発明に係る特許出願の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載等を訂正することについて審判を請求し、平成三年審判第二四一九五号事件として審理された結果、本件訴訟の原審口頭弁論終結の前である平成五年一〇月二八日、右訂正をすべき旨の審決(以下「本件訂正審決」という。)がされ確定した。
2 本件明細書の特許請求の範囲の記載は、「大径角形鋼管を製造する方法において、一枚板鋼板を長さ方向に移送して両側の開先加工を行った後、プレスにて角形鋼管の四隅に当たる部分を一箇所宛順次曲げ加工して開先間の隙間がそこから金型が抜出せる最小限の寸法になる角形鋼管近似の形状に成形し、ついで複数段の成形ロールで角形鋼管形状に成形しつつ移送して順次仮付溶接し、つぎに開先部内外面を自動溶接によって溶接した後歪取りロールを通過させることによって歪取りを行うことを特徴とする大径角形鋼管の製造方法。」というものである。
3 本件無効審決は、本件無効審決に引用された技術から当業者が本件発明に想到することは容易であるとの理由によるものである。
4 本件訂正審決により、本件明細書の特許請求の範囲の記載は、「大径角形鋼管を製造する方法において、一枚厚肉鋼板を長さ方向に移送して両側の開先加工を行った後、プレスにて角形鋼管の四隅に当たる部分を一箇所宛順次曲げ加工して開先間の隙間がそこから金型が抜出せる最小限の寸法になる角形鋼管近似の形状に成形し、ついで前記角形近似鋼管を複数段の成形ロールを通して角形鋼管形状に成形し、かつ移送して開先突合せ面を順次仮付溶接し、つぎに開先部内外面を自動溶接によって溶接した後、歪取りロールを通過させることによって歪取りを行うことを特徴とする大径角形鋼管の製造方法。」と訂正された。
二 本件は、上告人が本件無効審決の取消しを請求するものであるところ、原審は、右事実関係の下において、次のとおり判断して、上告人の請求を棄却した。
1 本件訂正審決が確定したことにより、本件明細書の記載が訂正され、出願時にさかのぼって訂正後の本件明細書により出願、特許査定等がされたものとみなされるから、右訂正前の本件明細書に基づいて本件発明の内容を認定した本件無効審決には、右認定に誤りがあることになる。
2 審決に対する訴え(以下「審決取消訴訟」という。)において当該審決が違法とされるためには、審決における認定判断の誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることを要するところ、特許を無効にすべき旨の審決(以下「無効審決」という。)の取消しを求める訴訟の係属中に当該特許権について明細書の記載を訂正すべき旨の審決(以下「訂正審決」という。)が確定しても、訂正後の明細書に基づく発明を右無効審決において引用された技術と対比して、右無効審決と同旨の理由により同一の結論に達するときは、無効審決における右認定の誤りはその結論に影響を及ぼさないから、無効審決を違法として取り消すことはできない。
3 本件無効審決において引用された周知の技術から訂正後の本件明細書に基づく発明の構成を得ることは当業者にとって容易であって、右発明は特許を受けるべきものではなく、本件無効審決における発明内容の認定の誤りが本件無効審決の結論に影響を及ぼさないから、本件無効審決は取り消されるべきではない。
三 しかしながら、原審の右判断中の2及び3の点は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 審決取消訴訟において、審判の手続において審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができないことは、当審の判例とするところである(最高裁昭和四二年(行ツ)第二八号同五一年三月一〇日大法廷判決・民集三〇巻二号七九頁)。明細書の特許請求の範囲が訂正審決により減縮された場合には、減縮後の特許請求の範囲に新たな要件が付加されているから、通常の場合、訂正前の明細書に基づく発明について対比された公知事実のみならず、その他の公知事実との対比を行わなければ、右発明が特許を受けることができるかどうかの判断をすることができない。そして、このような審理判断を、特許庁における審判の手続を経ることなく、審決取消訴訟の係属する裁判所において第一次的に行うことはできないと解すべきであるから、訂正後の明細書に基づく発明が特許を受けることができるかどうかは、当該特許権についてされた無効審決を取り消した上、改めてまず特許庁における審判の手続によってこれを審理判断すべきものである。
もっとも、訂正後の明細書に基づく発明が無効審決において対比されたのと同一の公知事実により無効とされるべき場合があり得ないではなく、原判決は本件がこのような場合であることを理由とするものであるが、本件において訂正審決がされるためには、平成五年法律第二六号による改正前の特許法(以下「旧法」という。)一二六条三項により、訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならないから、訂正後の明細書に基づく発明が無効審決において対比された公知事実により同様に無効とされるべきであるならば、訂正審決は右規定に反していることとなり、そのような場合には、旧法は、訂正の無効の審判(一二九条)により訂正を無効とし、当該特許権について既にされた無効審決についてはその効力を維持することを予定しているということができる(現行法においては、一二三条一項八号において、一二六条四項に違反して訂正審決がされたことが特許の無効原因となる旨を規定するから、右のような場合には、これを理由として改めて特許の無効の審判によりこれを無効とすることが予定されている。)。
2 したがって、無効審決の取消しを求める訴訟の係属中に当該特許権について特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定した場合には、当該無効審決を取り消さなければならないものと解するのが相当である。
これを本件について見ると、本件訂正審決による本件明細書の特許請求の範囲の前記訂正のうち「一枚板鋼板」を「一枚厚肉鋼板」に訂正する点は特許請求の範囲の減縮に当たるものであるから、本件無効審決はこれを取り消すべきものである。
四 以上のとおりであるから、これと異なる判断の下に本件請求を棄却した原判決には、法令の解釈を誤った違法があり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の上告理由につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、原審の確定した事実によれば、本件の審決取消請求はこれを認容すべきものである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官元原利文 裁判官園部逸夫 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信 裁判官金谷利廣)